
3つのお気に入りの場所
お気に入りの場所は?と聞かれて、まず思い出すのはスポーツに打ち込んでいた子供の頃です。私が戸田市に引っ越してきたのは小学生の頃でした。初めに驚いたのは「戸田市スポーツセンター」の存在でした。私はもともと体を動かす事が大好きだったので、スポーツセンターには本当にたくさん通いました。様々なスポーツに対応した設備や器具、(今では当たり前になってしまったのかもしれませんが)広い敷地等は、子供の自分にとって、スポーツの場所であるとともにまさに遊び場でした。もちろん今でも毎週のように通っています。
2つ目のお気に入りは「道満グリーンパーク」です。私は美女木に両親と住んでいますが、道満グリーンパークは自宅のすぐ近くなので、犬の散歩や友人とのバーベキューなどによく利用しています。都心の近くでこんなに豊かな自然とスポーツ施設が充実している環境は、なかなか無いと思います。さくら川(荒川左岸排水路)の桜並木との調和もいい感じで、美笹のオアシスといったところでしょうか。 そして3つ目のお気に入りの場所は「市役所通りと文化会館付近」です。定例会や議事調査などで市役所に行くことが多い私ですが、最近はお洒落なお店も少しずつ増えてきており、ランチタイムが楽しみです。文化会館ではメジャーなイベントからミニコンサートなど様々な芸術的な催しが開催されており、人々のふれあいの空間として、さらに賑わいと活気が溢れる街並みとして発展してほしい場所です。 戸田市は衣食住遊学交のバランスが取れた魅力あるまちです。探索すればたくさんの発見があると思います。ぜひ皆さんのお気に入りの戸田を見つけてください。 戸田市役所ホームページへリンク http://www.city.toda.saitama.jp/ |
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市章は、戸田市の「と」と「田」を一体化したもので、「融和・団結」と産業、文化の飛躍的「発展」を象徴する。市旗は、白地に真紅で市章を染めたもの。 |
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市の花 サクラソウ |
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市の木 モクセイ |
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戸田市は、埼玉県南部に位置し、荒川を境に東京都に隣接しており、都心から20km圏が市の北部にあたる。東は川口市、西は荒川を隔てて和光市及び朝霞市、北はさいたま市及び蕨市に接している。 地形は、標高2mから5mぐらいの低地で、概ね平地であるが、わずかに北部から南部に、更に荒川沿いには、西部から東部に向かって低くなっている。また、その地層は荒川等により形成された沖積層で、一帯は赤質土及び黒質土であるため、概して軟弱である。 |
戸田の地名は、海岸地名で「みなとの田」とする説と、作物が多くとれる「富田」とする説があるが、現在のところ定説はないようである。
歴史的には、大変古く、市内の遺跡からは弥生式土器の出土があった。
現在の戸田市は、旧戸田領及び旧笹目領の区域に属し、鎌倉時代の戸田氏の本郷でもあった。明治22年になると、町村制が施行され、上戸田村・下戸田村・新曽村の3か村が戸田村に、下笹目村・惣右衛門の2か村が笹目村になり、美女木・内谷村・曲本村・松本もらの区域をもって美谷本村とされた。
昭和16年、戸田村は町制を施行し戸田町となり、笹目村と美谷本村は昭和18年に合併して美笹村となった。その後、昭和32年には、美笹村が戸田町と合併し、人口増加とともに町の発展が目覚ましく、昭和41年10月1日に市制施行され、全国で561番目、埼玉県下24番目の戸田市が誕生した。
昭和60年9月には、JR埼京線が市域の中央を分断する形で開通し、市内に3駅が開設された。道路は、国道17号線が市中央部に東側を、国道17号大宮バイパス・首都高速道路が西部を南北に、また、東京外郭環状道路が、西北部を東西に縦断しており、交通の要衝として今後の発展が期待されるところであり、平成8年9月には人口が待望の10万人を突破した。
歴史的には、大変古く、市内の遺跡からは弥生式土器の出土があった。
現在の戸田市は、旧戸田領及び旧笹目領の区域に属し、鎌倉時代の戸田氏の本郷でもあった。明治22年になると、町村制が施行され、上戸田村・下戸田村・新曽村の3か村が戸田村に、下笹目村・惣右衛門の2か村が笹目村になり、美女木・内谷村・曲本村・松本もらの区域をもって美谷本村とされた。
昭和16年、戸田村は町制を施行し戸田町となり、笹目村と美谷本村は昭和18年に合併して美笹村となった。その後、昭和32年には、美笹村が戸田町と合併し、人口増加とともに町の発展が目覚ましく、昭和41年10月1日に市制施行され、全国で561番目、埼玉県下24番目の戸田市が誕生した。
昭和60年9月には、JR埼京線が市域の中央を分断する形で開通し、市内に3駅が開設された。道路は、国道17号線が市中央部に東側を、国道17号大宮バイパス・首都高速道路が西部を南北に、また、東京外郭環状道路が、西北部を東西に縦断しており、交通の要衝として今後の発展が期待されるところであり、平成8年9月には人口が待望の10万人を突破した。
(「2005年戸田市議会の概要」より)




